June 01, 2007

カーク・フランクリン自伝「Church Boy」(その2)

Gospel Soup(50) カーク・フランクリン自伝「Church Boy」(その2)
 〜ゴスペル・ミュージシャンとして〜


 前回のブログでは、カーク・フランクリンの自伝を「芸能レポーター」の目線で読んでみました。今回はその2で、彼の「音楽家としてのルーツを知る」でございます。
 
 彼は2007年のグラミー賞でも、2部門(最優秀ゴスペル曲・最優秀コンテンポラリー・ソウル・ゴスペル・アルバム)を受賞しましたし、グラミー賞・ステラー賞の常連。CDのセールス云々については、他の記事を参照していただくとして、今回はあくまでそのルーツについて。KirkFranklin #2
 

<音楽の才能>
 母親に見すてられたカークが、熱心なクリスチャン大叔母ガートルードによってひきとられ、毎週教会に連れて行ってもらっていたこと、当時のガートルードの夫がピアノ弾きで、カークは小さいころから、この大伯父のひざや足元でピアノを聴き、踊っていたというところまでは、前回少し述べた。ガートルード自身も、いつもキッチンで歌を歌っていたようだ。

 彼の生い立ちが、随所で彼の精神性に暗い影を落としていることは、文章の端々から読み取れるが、音楽の才能ということに関しては、彼はみじんの暗さもなくこの才能を享受している。正式にピアノのレッスンを受ける4歳になるまでに、すでに自然とピアノを弾くことができたというし、彼自身もそれを大いなる神からの賜物と認識している。小さいころから教会で、あちこちの音楽グループに混じって、パフォーマンスをしていたというから、まさに音楽ということに関しては、blessed child だったようだ。
 
<天性のおちゃらけ>
 彼は現在、ゴスペル曲を作り、踊ってクワイヤを指揮して、全身で音楽を表現してるけど、もっぱらしゃべくり専門で、あんまり歌っていない(笑)。このあたりの彼のスタイルのルーツも、伝記を読むとわかってくる。
 
 カークが4歳の時、キング牧師暗殺後6年の記念TV番組で、キング牧師のかの有名な「私には夢がある」の演説を聞いたカークは、大叔母ガートルードに、なんと「僕は、大きくなったら牧師(preacher)になるんだ!!」とすでに宣言している。また、有名人のマネをして、しょっちゅうガートルードを笑わせており、当時のニクソン大統領のように指でVサインを作り、「VはヴィクトリーのV!」とやるのが得意だったらしい。常に自分は「道化師crown」だったと述懐しているほか、行事の際にはなにかと「スピーチさせられる子ども」だったようだ。
 
 なーんだ。もう、根っからのしゃべり好き、説教好き、おちゃらけ好き。それに加えた音楽の才能。三つ子の魂百までとは、よく言ったもので、今と全然かわってないじゃありませんかっ

 ある意味目立つ子どもであった反面、同年齢の子どもよりもチビだったカークは、大柄な子どもにいたずらに殴られたり、彼のピアノの才能に嫉妬した子どもたちから教会の地下室に呼び込まれて殴られたこともあったらしい。そして彼が10歳の時には、あまりにも陰湿なイジメがひどくなり、ガードルード共々、教会を移ることを余儀なくされる。

<教会とクラブと>
 チャーチボーイでありながらもカークは、すでに6〜7年生の頃(日本での小6〜中1に相当)には、友人とハッパやジョイントを吸っていたという、かなりの早熟ワルぶり。そしてこの頃から、教会でピアノを弾きながらも、お堅いガートルードを説得して、夜のクラブにも出入りをしはじめる。初めてクラブに行った日の興奮は、決して忘れないと、彼は語る(年上の女の子が、フロアでいっぱい踊っていたから)。そして、夜はクラブでクールにキメつつ、日曜日には教会でピアノを弾くという生活がつづく。地元フォートワース(Fort Worth)の黒人教会では、カークは徐々に名のしれた存在になっていった。
 
 クラブと、教会の両方にみっちり培われた彼の音楽センス。コンテンポラリーゴスペルを牽引してきた、彼のルーツはこのあたりにあるのだろう。また彼は「ミュージック・リーダー」としての経験や責任感は、教会で学んだという。彼はティーンエイジャーの頃には、すでにMount Rose Baptist Churchの音楽ディレクターになっていたが、ここで「僕は、どうやったら、人々の注意を惹きつけることができるかを発見しつつあったし、常に僕は、僕自身を進化させながら、自分自身を前面に出していった。」という。
 ふうむ、やっぱりそうか。彼のパフォーマンスは、さまざまな経験によって、磨かれて計算しつくされたものだったのだなあ。
 
<ソングライター・カークの誕生>
 おそらく15・16歳頃と思われるが、カークはHumble Hearts(謙虚な心)という、若いメンバーのゴスペルグループに入った。この時期はカークにとっては精神的に辛い時期で、しかし男友達が殺されたというショッキングな出来事をきっかけに、神にあらためて目をむけるようになった頃でもある。そしてカークにとって、ピアノに向かっている時こそが、安らぎを得られる時間となり、音楽に没頭していく。
 またほぼ同時期に彼は、かつて一度だけデートしたことのある女性の友人をも、交通事故で亡くしてしまう。この時、はじめて彼は彼女のために曲をつくり、彼女の葬儀で、自作の曲を演奏した。これを発露として、ほどなくカークは、詩篇51章の歌詞をもとにした新たな曲を作る。これはクワイヤHumble Heartsのための曲で、ここにソングライター、カーク・フランクリンが誕生した。

<音楽教育>
 彼の音楽キャリアは、教会とクラブの実地だけによって経験したものだけでもなく、ちょっと意外だが、実は、ちゃんとした音楽教育も受けているのだ。彼は、Wyatt High Schoolというハイスクールに通っていたのだが、この学校には、有名なクワイヤがあり、彼を励ましてくれる多くの音楽の教師たちがいた。ここで彼は音楽科の生徒となり、クワイヤはもちろん、バンド、ジャズバンドにまで所属。演劇のクラスもとっていたという。
 
 さらに、これが彼の人生のひとつの転機ともなるのだが、Texas Wesleyan Univiersity の地元フォートワースキャンパスには、PYC(Professional Young Conservatory)〜若きプロフェッショナルのための音楽学校〜と呼ばれるミュージシャンやアーティストのための、オープンしてまもない本格的なスクールがあった。この学校の素晴らしい教授陣やプログラムを知ったカークは、入学オーディションまで受けたものの、はやり学費が払えそうにないと、当初は進学を断念。ところが学期が始まってまもなく、学費を払えない生徒に対して、寄付をしてくれる人があらわれたと、校長のDr. Schoolerがじきじきに、カークの家に電話してきた。まだ進学への希望があるなら、カークの入学を許可するというのである。この降ってわいたような幸運を、もちろんカークが逃すわけはない。

 そこで1987年秋、カークはワイアット・ハイスクールを離れ、晴れてPYC校に入学。ここで彼はミュージシャンの友人達と出あい、キャンパス内のチャーチの、スタンウェイのピアノで練習する許可も得、彼のバックグラウンドや音楽を理解してくれる女性音楽教師にも出会い、白人の女性ともデートをし・・・!!音楽的にも一段と脱皮成長し、まさにかつて経験したことのなりバラ色の時期をすごす。彼が新たな音楽ステージに立ったことで、クワイヤHumble Heartsは解散したが、しかしまさに、カークにとっては、音楽家としての礎を築いた一時期となった。


<ひとつの啓示
 この頃、なじみの老牧師のいるメソディスト派の教会の地下室で、よくピアノを弾いていカークだが、ある日そこにちょっと目つきのいかれたメキシコ系の男性がやってきた。カークのピアノの音色に惹かれて教会に入ってきたのだ。怯えたカークは警備人を呼ぼうかと思ったくらいだが、その男性は、お願いだからピアノを弾くのをやめないでくれと、カークに懇願する。カークは心のおもむくままに讃美歌や、他の曲を弾き続けた。

 しばらくするとその男は、カークの手をとり接吻を浴びせ「俺は、あんたが誰かは知らないが、あんたは俺の人生を救ってくれた。ありがとう!ありがとう!ありがとう!」と、叫ぶやないなや教会を出て行き、通りに出たまま、両手を挙げまた神への讃美を続けたのであった。
 
 何が起こったのか把握できず、ぽかんとするカーク。地下室に戻って老牧師に、今の出来事を話した。すると牧師は言った。「ただひとつ、私が言えることはだな、カーク、ちょっと後ろを振り返ってみてごらん」。言われた通りに椅子を回転させて、後ろを振り向いたカークの目に入ったものは、教会の壁に飾ってある「ドアを叩くキリスト」の絵であった。牧師は続けた「神の御元に行きなさい。そして自分が神の声を確かに聞いたと伝えなさい。そして神が何をおっしゃろうと、"Yes"と答えなさい。」
 
 天啓を受けたようにカークは、今までいかに自らが神の存在に飢えていたかを悟り、チャペルの階上にあがり、膝をつき、神に心からに祈った。
 
 「神よ、何が起ころうとも、そしてあなたが何をおっしゃろうと、私の答えは"Yes"です。御心のままに生きます」
 
 カークが、ministry(聖職者)として、ゴスペルシンガーとして、人生を神にゆだねた瞬間である。

 う〜ん。今回のブログ長すぎますね〜本日はここまでにて〜
Church Boy



graceshinkai at 14:29│Comments(12)TrackBack(0)カーク・フランクリン(Kirk Franklin)の話 

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この記事へのコメント

1. Posted by かるめん   June 02, 2007 05:30
わーい。おひさしぶりの、ブログですよね!?

カークが小さい頃に、すでに歌って踊ってピアノをひいておちゃらけをやって、preacherになると宣言していたなんて、あまりに今のままで、びっくりしました。小さい頃のカーク、きっとかわいかったんでしょうね。

クラブに入り浸っていたこととか、生い立ちとか、すべての彼の過去も、いい意味で、ぜんぶ歌に投影されているなーと思いました。
2. Posted by Shogo   June 02, 2007 07:18
力のこもった素晴らしいブログありがとうございます!

カークのゴスペルピアノが通りすがりのメキシコ人男性の人生を救ったという出来事がきっかけで、カークが自分の音楽の才能を神に捧げる決意をしたというエピソードに感動しました。

そしてカークは実際にその神から与えら得た賜物をフルに生かして、ゴスペル界にスパイスの効いた新しいサウンドを紹介し、教会を離れていた多くの若者を教会に呼び戻すことに成功したんですよね。

ゴスペルミュージックによって福音を伝えるとは、まさにこういうことをいうのでしょうね。
3. Posted by ロン@ゴスペル   June 02, 2007 18:36
おひさでございまする♪

アフリカン・アメリカンの生活からは音楽が切り離せませんよね。
>そしてこの頃から、教会でピアノを弾きながらもお堅いガートルードを説得して、夜のクラブにも出入りをしはじめる。初めてクラブに行った日の興奮は、決して忘れないと、彼は語る(年上の女の子が、フロアでいっぱい踊っていたから)。そして、夜はクラブでクールにキメつつ、日曜日には教会でピアノを弾くという生活がつづく。

これは、南部のアフリカン・アメリカンの若者の一つの典型的なライフスタイルだと思われます。

その昔、ジューク・ジョイントという場所がありまして、週末となると若いアフリカン・アメリカンの男女が集ってきたところだそうです。
音楽と踊りと、お酒ときわどいジョーク等を楽しむところだったようですね。
http://en.wikipedia.org/wiki/Juke_joint

そんなことを思い出しました。
4. Posted by しんかい   June 02, 2007 21:13
☆かるめん様

コメントありがとうございます。いやあ1ヶ月ぶりのブログでした。多忙でばたばたしていたら、あっと言う間に日が経ってしまいました

>小さい頃のカーク、きっとかわいかったんでしょうね。

はい。この本の中には、小さい頃のカークの写真もも載ってますが、本当にかわいい坊やです。

>クラブに入り浸っていたこととか、生い立ちとか、すべての彼の過去も、いい意味で、ぜんぶ歌に投影されているなーと思いました。

おっしゃる通り、人生の辛い時期も遊んだ時期も、本当にぜんぶ「芸の肥やし」になってちゃんと、見事に現在につながっているのは、感動的ですらありますよね。ちなみに、ネタバレになりますが、このあともカークはすんなりいかなくて、あれこれトラブルを巻き起こして学校を退学したり・・・(笑)
いやあ、濃い人生ですわ〜。
5. Posted by しんかい   June 02, 2007 21:31
☆Shogo様

>カークのゴスペルピアノが通りすがりのメキシコ人男性の人生を救ったという出来事がきっかけで、カークが自分の音楽の才能を神に捧げる決意をしたというエピソードに感動しました。

感動してくださり?ありがとうございます(笑)。実は、このエピソードは、今回の本の中で、私が一番好きで、紹介したかったところなのです。カークが一時期、不良化してた事とか、幼少の頃の生い立ちは、かなり有名ですが、このエピソードは、なぜか日本ではあまり知られていないと思います。

カークの音楽の才能が人を救い、またその救われた人をみて、今度は逆にーク自身も救われて、自分の「生きるべき道」を見いだしたという、互いに互いを救いあった感動的な瞬間だと思います。カークって、本当にゴスペルミュージシャンが、「天職」ですよね。「天職」ということばが、これほど似合う人もいないかも、と思います。
6. Posted by しんかい   June 02, 2007 21:51
☆ロン様

本当に、ご無沙汰してしまいました。復活いたしましたので、また今後ともよろしくお願いいたします。

>その昔、ジューク・ジョイントという場所がありまして、週末となると若いアフリカン・アメリカンの男女が集ってきたところだそうです。
音楽と踊りと、お酒ときわどいジョーク等を楽しむところだったようですね。

ジューク・ジョイント!なるほど〜。その昔から、音楽・踊り・お酒・・と、「お相手」が生活に不可欠な憩いの場所だったのですね。そういえば私はアメリカでも日本でも、そのテの「クラブ」には行ったことがありません。うーん。若い頃にもう少し遊んでおくべきでした。はい。
7. Posted by Hiro   June 06, 2007 09:08
5 グレースさん
感動しました。。。
涙しそうです。

いろいろ教えてくれてありがとう!
8. Posted by hana   June 07, 2007 00:19
素晴らしい。
しんかいさんの文章があまりにうまいので、本を読んだ気になってしまいました。
9. Posted by しんかい   June 07, 2007 10:53
☆Hiro様

あらためて、こんにちは。
初めての書き込みをありがとうございます。
わ〜お☆を5つもつけていただき、こちらが照れますわ〜。長いブログを最後まで読んでいただき、感謝いたします。

今後とも、よろしくお願いいたしますね。
10. Posted by しんかい   June 07, 2007 11:01
☆hana様

レビューを書くのがプロのhanaさんから、おホメのことばをいただくと、いやはやうれしいです。

本当は、こんなに本の内容が全部ネタバレになるようなレビューって、よくないんでしょうが、今のところカークの本は翻訳が出ていないし、英語で書かれている以上、日本で買って読む人も少ないだろうなあと、だらだら書く事にしたのでした。

読んでくださり、ありがとうございました。
11. Posted by michael707   June 11, 2007 16:52
5 70年生まれだから、カークがPYC校に入学したころは、ボクはバイクに夢中だったな〜。とか、その頃ボクは教会で下手なロックバンドをやってたなあ…。そんなふうに自分とカークを比べるとなんか「なんかオレなにやってたんだ〜」なんて思ってしまい恥ずかしくなりました。(比べるほうが恥ずかしいっすね)
ともあれ、しんかいさんのブログは勉強になります。
第3弾を楽しみにしております!
12. Posted by しんかい   June 12, 2007 05:33
>michael1707様

わ〜こんにちは。ごぶさたしております。コメントありがとうございます。ゴスナビのほうも、いつも楽しく読ませてだいてます。

>その頃ボクは教会で下手なロックバンドをやってたなあ…。

いえいえ、教会でロックバンドをされていたとは、もう充分すぎるほど素晴らしいです!
私も実はあれこれ比べながら「あ、この頃、私、子どもあやしながら、テレビのワイドショー見てたな〜」って、なんというもったいない時間の使い方してたか、お恥ずかしいです。

michaelさんのゴスナビも、コンテンツがますます充実して、そのご尽力にひたすら、頭がさがります。




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