May 18, 2008

ゴスペル「でる単」faith (名詞)

Gospel Soup (69)   ゴスペル「でる単(その2)」faith (名詞)

 「信というのは、悪魔の足でも、洗ってやればそれだけきれいになる、と信ずることだ。」
 
 これは下村湖人の青春小説「次郎物語」で、恩師が主人公の次郎を諌める時のセリフである。下村湖人は、クリスチャンではなかったはずだし、あくまで小説の一節だが、心に響くことばである。
 
 聖書には「互いに足を洗い合いなさい(ヨハネ13:14-15)」「汝の敵を愛しなさい(マタイ5:44)」ということばがあるが、敵どころかさらに、最も忌むべき「悪魔」の足でさえも洗えばきれいになると書いたあたりが下村湖人の筆力であり、比喩とはいえ、明治の人間の、肚の座った「信」を感じる。
 
 faith (名詞)=「信」。faithful(形容詞)

 聖書はもとより、ゴスペル音楽の歌詞にはよく出てくるし、faithというタイトルの歌もたくさんある。

 文脈や歌詞の内容によって、信仰・信頼・信用・自信・信念・誠実・信義・信じること・忠誠・裏切らないこと・・・などと訳すことになる。ちなみに、ブルックリン・タバナクルのキャロル・シンバラさんの著作「He's been faithful」は、『とこしえに真実なお方』と、訳されているが、実際に日本語に訳すとなると、意外に難しい。

 いやしかし、訳しにくい単語というのは、たいていそこに文化の差や、言語間の概念やニュアンスのズレがあったりする。そこが面白いのだ。
 
 つまり日本語では「信仰」という単語は、人間の側から一方的に→神仏に対して使われることばだが、英語のfaithという単語は、神の側からも→人間に対して使われるということだ。神様は常に→人間に対して大きな愛を与えてくれると同時に、神様は常に→人間に対して圧倒的にfaithful。神様は裏切らない。それで、人間の側は揺らいだりなんだりしながら、faithによって神様とつながって、ぼちぼちfaithを神様に返していく。

 神と人間との相互的な関係の中で、単語faithが使われるというのが、いかにも契約を重んじるキリスト教的。ひとつの単語からも、文化の差をチラりと垣間見ることができるという点で興味深い。
 
 別に自分の名字が「しんかい」だから、というわけではないが、「シン」という日本語の音の響きは美しい。神(しん)、信(しん)、真(しん)、心(しん)、身(しん)。もともとの中国語読みだと、神(shen)、信(xin)、真(zhen)、心(xin)、身(shen)。それぞれ違う音だったり、同音でも四声(しせい:イントネーション)が違うところを、日本人は全部「シン」という音にした。
 
 自分の「信」なんて、どれほどの小さいものかと考えたとき、それでも
 
 if you have faith as small as a mustard seed,

 「もし、からし種一粒ほどの信仰(faith)(マタイ17:19-21)」があれば、山も動かせる。という言葉は力を持って迫ってくる。 (余談:カーク・フランクリンの歌♪Faith は、この章がもとになっている)

 神様に守られた自身の人生を信じる。大丈夫だと安心して、真に信じる。
 え〜っと、配偶者のことも信じる。家族のことも信じる。子どもの成績は、まあ気にしつつも、いい人生になるだろうと信じる。友人も信じる。いいことがたくさんやってくることを信じる。

 かつての黒人奴隷たちのは、もはや現世で信じられることがほとんどなくて、ゴスペルを歌って天国に行けることだけを信じた。この世において、たくさん信じることのある私たちは、幸せだ。


graceshinkai at 01:43│Comments(8)TrackBack(0)ゴスペルでる単 | ゴスペル雑記帳

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この記事へのコメント

1. Posted by べちゃん   May 18, 2008 06:32
しんという様々な漢字は様々に発音があるんですね。知りませんでした。
相互作用のあるFaithは、神も人を信じると言うのが入ってるわけですね。
ふ〜ん、学んだな〜。ほんと、信じ信じられる関係が少しでもあれば幸せですよね。たくさん求めたらいけない、とも思うけど。
2. Posted by shinkai   May 19, 2008 09:40
☆べちゃん様

>しんという様々な漢字は様々に発音があるんですね。知りませんでした。

うううえええ〜はい(汗)。学生時代に第二外国語に中国語をとったハズなのに、今回久しぶりに、中国語の辞書をあらためてチェックのために開いて、何〜にも覚えていないことに、あらためて赤面しました(笑)。

おフランス語・英語両方に、今でも磨きをかけていらっしゃるべちゃんさんの、素晴らしいこと!
3. Posted by りえ   May 19, 2008 18:47
人を信じられることも人から信じてもらえることもとても幸せなことですね.
それが信じ信じられる関係なら言うことないですよね.
頭で考えてできるものでもないけれど
自然に出来るわけでもないんだろう.

「でる単」シリーズ楽しいっっ!
勉強になります.
奥も深いし・・・

やっぱり名前に「しん」がある人は素敵なんだよ
4. Posted by たかやんTack   May 19, 2008 20:47
しんかいさん
ハレルヤ!
たかやんTack@上桂です。



「神様に守られた自身の人生を信じる。大丈夫だと安心して、真に信じる。」

忘れかけてた素晴らしい真実「Faith」を思い出させていただきました!

1009!センキュー!
5. Posted by shinkai   May 20, 2008 10:14
☆りえ様

>頭で考えてできるものでもないけれど
自然に出来るわけでもないんだろう.

うんうん。そうだよね〜。あやしい人には騙されないような(笑)、まっとうな判断力や感性は持ちつつ、それでもまずは、相手を信頼するという思考回路みたいなものをあえて持つ?とか?かな。

相手から全面的に信用されると、かえって裏切られず悪いことできず、非行に走れないとか(笑)。
6. Posted by shinkai   May 20, 2008 10:34
☆たかやん様

わ〜っ。こんにちは。本当にご無沙汰しております。時々、たかやんさんのブログも拝見しながら、いつも足跡ものこさず、素通りでご無礼しています。
ちょうど、数日前のたかやんさんのブログの中にも、「信」について触れられている内容がありましたよね♪

>1009!センキュー!

あら、ワタクシお恥ずかしい。しばらく1009!の意味がわからず、「とおちゃん・おくさんじゃないし〜」と悩み、あ、そのまんま隣に書いてくださっている通り、せんきゅーなのか!と納得。こちらもたいへん1009!!!でした。
7. Posted by 檸檬   May 21, 2008 12:08
中国語発音!そうですね、日本語は中国語から来ているのでしたね。英語の単語を考えながら、中国語まで繋がる。感慨深いものがありました。
今私のいる中国では、震災により家族の安否が分からず不安な日々を過ごしている人、又地震が被災し現在避難所生活を続けている人が沢山います。
その人たちの愛する人たちが無事であることを、「信じて」祈りたいと思います。
一昨日から本日までの3日間、中国では哀悼日となっており、街中も比較的静かです(娯楽施設は全て閉まってます)。
8. Posted by shinkai   May 22, 2008 10:57
☆檸檬様

まずは、中国のこのたびの大地震、お見舞い申し上げます。檸檬さんの深センは大丈夫ということで、安心してご連絡もせずにいましたが、コメントありがとうございました。想像を超えるあまりに大きな被害で、ことばを失いますが、本当に早い復興と、被災されたみなさんの、様々な悲しみや不安が癒されることをお祈りいたします。

・・そして!中国語のプロの檸檬さん!
同じ中国語でも、広東語?だときっとまた発音も違うんですよねえ?漢字の世界は奥が深いです。色々教えてください。

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