August 09, 2008

書籍『黒人霊歌は生きている』ウェルズ恵子

Gospel Soup (74) 書籍『黒人霊歌は生きている』ウェルズ恵子
 
 日本人だからこそ書けたという渾身の著作である。
黒人霊歌は生きている

 『黒人霊歌は生きている』〜歌詞で読むアメリカ〜 ウェルズ恵子 岩波書店 (2008年)
 
 
 




 今までも、日本で出版された本の中で、黒人霊歌についてまとめられた本としては『ニグロ・スピリチュアル』北村崇郎 みすず書房(2000年)の大部や、『深い河のかなたへ』〜黒人霊歌とその背景 小川洋司 音楽之友社(2001年)などがあり、大いに勉強させていただいたが、今回のウェルズ恵子さんの著作は、曖昧模糊として情報が錯綜した黒人霊歌、ゴスペル、ブルーズという大河や支流の水を、さらにかきわけかきわけ、黒人霊歌の源流へと遡上した本だ。

 メディアによって拡散した「聴く側」からのみ見た黒人霊歌ではなく、パフォーマンスとしての歌でもなく、奴隷時代の黒人が、魂の声として歌った古い時代の黒人霊歌の歌詞を、再録・再編し読み解き、それらがどのように歌われ、受け入れられ、変遷し、時に利用され、また研究されてきたかを多面的な鏡として、アメリカ社会の様相をも映し出すことを目的としている。
 
 著者のウェルズ恵子さんは、立命館大学の教授。
 
 まずはもともと口承だった黒人霊歌が、「いったいその歌はいつどこで、紙上に固定されたのか。黒人霊歌のほとんどの解説が、歌の出典を明記してないのは手落ちではないか」と、「黒人霊歌の古い資料をありったけ探して、バリエーションに分岐したわけを突き止めようと」、膨大な一次資料を探し出していく。
 
 私はこの本を読むまで、全く知らなかったのだが、黒人霊歌の歴史だとか、ゴスペル音楽への歴史というのは、アメリカ本国では当然のように知りつくされ研究されつくされているものだと思っていたのだが、実はそうではないらしい。

 奴隷時代のことを語るタブーもあるし、黒人と白人の意識の差もあり、民俗的研究の流れと音楽的研究の流れの二つに分断されたままという現状もあるようだ。むろんクリスチャンからみた黒人霊歌と、あくまで宗教を含めた文化としての研究対象として扱う研究者の切り口も、自ずと異なるはずだ。
 
 できればゴスペルを歌っておられる多くの方が、この本を直に読まれるといいと思うので、本のあらすじや、根幹をここで書く事はあえて避けるが、「(キリストの受難は頻繁に歌うが)黒人霊歌は讃美歌ではない。神を歌うのではなく、自分たちを歌っている。」という記載にハッとして、あらためて黒人霊歌〜コンテンポラリーゴスペルの歴史に思いをはせることもできるし、ゴスペルの父トーマス・ドーシーについても、かなりのページが割かれていることもあり、ゴスペル好きな方は、興味深く読めるのではないだろうか。
 
 ゴスペルの歴史については『ゴスペル・サウンド』アンソニー・ヘイルバット BI PRESS (初版1975、改訂版日本訳2000年)に詳しいが、ウェルズさんの本を読むと、トーマス・ドーシーが、音楽的才能に溢れていただけでなく、「音楽」「信仰心」「ビジネスセンス」の3つの能力を備えていたことも、あらためてよくわかる。あえて「黒人音楽に表現されがちな暴力や絶望は巧みに退け」、意図をもってゴスペルを希望の歌に発展させる道筋を作ったこと、「黒人のため」の音楽流通のしくみを開拓し、社会的下位にあった黒人に、音楽ビジネスとしての活路までも整えたことなど、ゴスペル音楽の礎を「作っていった」ことが納得できる。
 
 この研究はもともと、文部省の科研費の補助も受けており、著者の研究手法や展開は、英文学者というよりは、文化人類学的なアプローチに近い。クリスチャンであれば筆に力のこもるはずの、黒人霊歌の歌い手たちの、キリスト教的救済の叫びということに対しては、記載も淡々としている。しかし読んでいると、「研究者」としての冷静な著者の筆致の中に、黒人霊歌の歌詞に胸がかきむしられる「生身の人間」としての著者の心情が、時ににじみでるように表出してくる。
  
 実は最初一読した折り、正直私はこの本は読みにくかった。

 歌詞がたくさん載っているが、それらの多くは、黒人の発音の訛りそのままに、this をdis、theをdeと記録されているような、土ぼこりの匂いのする英語なのに、その日本語訳が、実に品の良い日本女性の語り口調だったからだ。当初、そのことにずっと違和感を感じたまま読みつづけ、著者の照射したい黒人霊歌の様々な側面が、理解しきれないままに最後まで来てしまった。そしてなぜ?この訳なのか?と疑問に思いつつ読了したあと、あらためて「はじめに」の部分を再読して、そのわけがようやくわかった。

 (黒人霊歌は)「どの歌も歌い手自身の歌なのだ。だから翻訳では、歌い手の性別や年齢、言葉使いは自在に変化すべきだと私は考える。もし読者が、女性の口語による訳が多いと感じたとすれば、それは、歌が私の言葉で私の心に届いたからだと思ってほしい。」
 
 ああ、そうなのか。この方は黒人霊歌に魅入られ、その悲しみにも力強さにも切なさも、自分と同化されたのだなあ。それでこういう訳になったのか。
 
 そのことがいったんわかって再読すると、著者が、今までのアメリカ内外の黒人霊歌研究に、いかにもどかしい思いをしたかという、そのいら立ちもわかる。本書では黒人霊歌が脈々と、現在のアメリカに受け継がれていることが書かれているが、著者が一番最初に描きたかったのは、歴史の手垢をいったん振り捨てて、奴隷時代の黒人の叫びをそのまま、自分の声に憑依させて、現代によみがえらせることだったのかもしれない。
 
 研究者としての個と、黒人霊歌に取り憑かれた個が、縄をなうようによじれあい、格闘し、格闘した汗が結晶になったような本である。


<参考資料>

黒人霊歌は生きている―歌詞で読むアメリカ


ニグロ・スピリチュアル―黒人音楽のみなもと


深い河のかなたへ―黒人霊歌とその背景


ゴスペル・サウンド


graceshinkai at 16:24│Comments(6)TrackBack(0)ゴスペル歌の元ネタ大発掘!! | ゴスペル雑記帳

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この記事へのコメント

1. Posted by べちゃん   August 09, 2008 18:37
おお〜、しんかいさんの、なぜ女性の品の良い語り口なのかの結論を導き出す部分はとてもスペクタクルでした。

なるほど。

研究者として、個として縄をなってしまった結果なんですね。

ちょっと今感動。
2. Posted by ロン@ゴスペル   August 09, 2008 20:01
こんばんわ。ロンです。
わたしもこの本持ってますです、はい(^^)/

エズラ・パウンドの研究者としての感性と経験が
生きた著作だと思います。
この方は「フォークソングのアメリカ」と言う著作もおありですね。
おそらく、「黒人霊歌は生きている」と「フォークソングのアメリカ」でおおよそアメリカフォークと言う一幅の絵になるのだと思ってます。

黒人霊歌は文献資料は確かに少ないのでしょうが、アメリカの偉大なところは録音と言う形でアーカイヴを残していることでしょうね。

3. Posted by shinkai   August 10, 2008 06:05
☆べちゃん様

>なぜ女性の品の良い語り口なのかの結論を導き出す部分はとてもスペクタクルでした。

以前、朝日新聞の記事の中で、著者の方のお写真も載っていたのですが、とても上品でお美しい方でした。仮に私が「自分のことば」で訳したら、とっても下品になりそうで、お里が知れるというところです。
4. Posted by shinkai   August 10, 2008 06:09
☆ロン様

こんにちは。ロンさんも持っておられたのですね!!!!「フォークソングのアメリカ」のほうは、まだ読んでいないままです。併せて読みたいと思います。

>黒人霊歌は文献資料は確かに少ないのでしょうが、アメリカの偉大なところは録音と言う形でアーカイヴを残していることでしょうね。

こういう古い録音、一度聴いてみたいと思いますが、CDとして販売流通されていない場合、どうやったら聴くことができるのでしょう?現地の大学とか資料館で保存されているのでしょうか?
あ、まずネットでも探してみます♪
5. Posted by ロン@ゴスペル   August 10, 2008 07:36
しんかいさま

ps

ご存知とは思いましたが、ご参考までに
 ↓
http://q.hatena.ne.jp/mobile/1085291716
6. Posted by shinkai   August 12, 2008 15:20
☆ロン様

素晴らしいページのご紹介ありがとうございました!!!!

このご紹介のサイトは全く存知あげませんでした。わー、このページのあと、続々リンクされている回答ページの中には、まさにお宝のようなサイトもあり、いやもう、ものすごく勉強になります。なんだかとてもいい「夏休みの宿題」をいただきました。

本当にありがとうございました。今後とも色々と、ご教示よろしくお願いいたします。

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